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『学校現場にこだわる理由』・・・『腐ったみかんで何が悪い?!』

4月になりました!

3月はアルビンエイリーの劇場でパフォーマンスをさせて頂いたり、変わらず観光バス、The Rideで外で踊っていました。気候もよくなり、氷点下で踊る事も少なくなってきたので、大変有り難く思う今日この頃です。

また、5月の一時帰国に向け、その準備も行なっていました。そして基本引きこもって一人で過ごすのが大半な僕なのですが、仕事で切羽詰まっているとなかなかできない、友人や知人と話をする時間を積極的に設けるようにしました。

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『学校現場にこだわる理由』

幼い頃からなぜか学園ドラマや漫画を見る機会が多かった。特に気にしたわけではないのだが、改めて振り返って、好きなドラマは?と聞かれると、その多くは「学校」を舞台としたものだった。
有名な所でいえば。。。。白線流し、GTO、ドラゴン桜、金八先生、みにくいアヒルの子、ルーキーズ、スラムダンク、ヤンキー母校に帰る、スクールウォーズ、等など・・・

日本で生まれた人であれば、大半の人が学校という場所を過ごして大人になっていく為、共感しやすいテーマでもあるので、たくさんの名ドラマが生まれた。僕もその中で、人並み以下ですが、甘酸っぱい青春時代を大学まで、そして2年間のNYのダンス学校生活を入れたら、18年間もの時間を「学校」という場所に身を置いた事になる。
そしてNYにいながら今も変わらず、毎年学校を訪れる活動をしている。あんなにも面倒くさい、と思っていた授業、早く卒業して自由になりたい、と思っていた学生時代。でも今こうやってその現場に自ら戻っているのは、本当に不思議な事。だけど、これは必然だったのだと思う。そしてそこにやっぱり想いが強くあるのだと感じる。
自分にとって学校とはどんな場所なのか、もう一度考えてみた。

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『腐ったミカンの方程式』


ご存知の方も多いと思いますが、これは金八先生のドラマのタイトルの一つです。問題児としての生徒を形容して、腐ったミカンと表現されています。
ここでは、その生徒はとある学校から、他の生徒に悪い影響を与えないように(腐らせさせないように)、金八先生のいる桜中学へと転校させられました。

たくさんのみかん小さな箱に詰められていたとします。
その中の一つでも腐り始めると、他のみかんも一緒になって腐ってしまうんです。

これが、
『腐ったミカンの方程式』

ドラマでは様々な問題はその後も起こりましたが、最終的に金八先生は
私たちはミカンを作ってるのではない、人間を作っているのだ!
と主張して、果敢に立ち向かっていきました。

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『腐ったみかんで何が悪い?!』

日本では、中学生までは義務教育となるため、「素行不良の生徒」に対して退学や停学などの処分ができません。
経験がある人も多いと思いますが、ポジティブな感情は周りに影響を及ぼします。それはネガティブも同じ事。大なり小なり、人間は他人との関わりの中で影響力を受ける生物だという事をまず理解する必要があります。
感情が伝染することを「情動伝染」と言います。「情動伝染」は知らず知らずのうちに起きるものです。

朱に交われば赤くなる
麻に連るる蓬(よもぎ)

同じように、人は環境や他人に支配されるという意義の言葉はことわざはいくつか存在します。しかしその多くが、良い意味も悪い意味も備えている場合が多いです。
しかし、同じように

泥中の蓮(でいちゅうのはす)

ということわざもあり、これは良い意味でしか使われる事がありません。
沼や池に生息する美しい蓮は、環境に左右されない強い花であることから、周囲に染まらず清く美しく生きる様子のたとえとして使われています。

果物は熟れるときにエチレンというガスを発して熟れるのを加速させます。エチレンは気体のため、実際に見えない。


しかし、
バナナ、リンゴ、アボカドなど、美味しい状態で売られている理由は、このエチレン熟成によるものであり、果物本体だけでは熟成されずに硬すぎたり、苦かったり、美味しい状態にならない。

しかも、
仮に腐ったとしても、それと組み合わせる事で、更に美味しい状態になるものもある。
金八先生の、この「腐ったミカン」に関して言うと、ミカン自身は何も悪くない。
ミカンの出すエチレンという気体により、ミカン自身を腐らせ、その影響により周りを腐らしてしまう。

つまり、何一つ間違っている事はないんだ。
人道に反した発言、そして暴力的な紛争以外は。
悪なのは、そのミカン自身を否定してしまう事。

蓮のように、自分の信念を強く持つ事で、周りも認める事ができる。

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奇跡は再現できない??

学校には、まだ自分では選ぶ事ができない、奇跡の出会いもたくさんある。
その中には素晴らしいものも、中には心に傷を負ってしまう瞬間もあるかもしれない。

でも
奇跡は起こるものではない。人間が起こすもの。
我々はミカンを作っているわけではない。   

人間である以上、何があってもおかしくない。
その素晴らしい奇跡の体験も、再現できるはず。

それが
『学校現場にこだわる理由』。
僕が伝えたい事は、僕が伝えて欲しかった事。



僕が伝えられる事は、
「それでいいんだよ」って。
「そのままでいいんだよ」って。
「間違ってないよ」って。

それだけなんだ。
僕の生き方を体温のある言葉と体で表現する事で。

  でも本当は僕だって、
「それでいいんだよ」
って、誰かに言って欲しいんだ。

  この生き方が合っているかどうかなんて、分からない。だけど今一番したい事を常に追い求めたい。
僕にとっても日々が挑戦。

一緒に奇跡を再現したい。

それでは、平成最後の4月を最高に楽しんでいきましょう!
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