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【ダンスはおまけ】

『ビックリマンチョコ』

みなさんもよく知っているであろう、ウェハースのお菓子で、おまけとしてシールが入っています。いわゆる食玩というもので、過去にはJリーグチップスや、ペプシコーラのボトルキャップ、チョコエッグなどもその類になります。

僕が学校で講演をする時は、キャリア教育、総合の時間、夢プロジェクト、、、など色々なタイトルが付きますが、必ず最初に踊ります。これは、ダンサーという表現者として、言葉で語らず、まずは体で感じてほしいという想いから。
踊り自体は3分前後で、講演は1時間程。

ダンサーですが、体のケアを同時に喉のケアをしているほどに、最近は話している時間の方が格段に長いです。ダンス指導の時も、熱が入るとマイクがあるにも関わらず、全力で叫びながら進めていく事もしばしば。
「おまけ」として玩具を添付した食品を食玩だとしたら、僕にとってダンスとは「食」「玩」どちらに当たるのだろうか?


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講演中に子ども達に
「僕にとってダンスとは、衣食住ともう一つ自分にとって生きていく上で欠かせないもの」 と伝えます。
つまり、

衣食住「踊」

子ども達にも問いかけます
「今あなたの好きな事を取り上げられたら、どう思いますか?」

子どもにとってのそれは、サッカーやテニス、ゲームやその他何でも、それぞれ好きな事が何かあると思います。でもそれを誰かに取り上げられてしまったら・・・?

誰もが嫌に決まってます。
自分の好きな事ができない事ほど、辛いものはない。もしかしたらそれは『生きる』という現象を、食べなくても寝なくても維持できるのであれば、衣食住の上に来るかもしれない感情なのかもしれません。
でも、その誰もが嫌な事を、多くの人が我慢して生きているのも事実。

僕にとってこの学校ダンス講演活動の中での、踊りの位置付けは、「食」でもあり、「玩」でもあるのです。
しかしながら、その『おまけ』の感覚も先生と児童で変わり、大人のそれはダンスよりもお話の内容であったり、子どもにとっては夢や海外の話よりも、踊りに興味がある子が多いかもしれません。
要するに『おまけ』かどうかを決めるのは、自分ではなく、その相手だという事。


先日も講演中に質問を受けました。
「ダンスを踊っていて、ブーイングを受けて退場させられた時に、どうやって立ち直りましたか?」
このような質問でした。
よく聞かれる質問の一つではありますが、その時の状況や、誰が質問してくれるか等によって、その場で考えて答えています。
この時僕は、こう答えました。

「不思議な事に同じまったく同じ動きをしていても、今日のお客さんと明日のお客さんでまったく評価が異なるです。前回喜んでくれたかと思えば、今回はまったく手応えが無かったという事もたくさん。

反省し、改善する事は大切だけど、自分の踊りを好きと言ってくれる人もいました。だから、自分は自分のできる事を精一杯やればいい、とダンスや歌、パフォーミングアーツと言われる世界で競い合う中で学びました。だから、人の評価や人の目は今はあまり気にしていません、 なぜなら、評価なんて人によって変わるから。」


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もちろん僕もできるだけ多くの人に伝わるような話し方を勉強し、伝わる方法を日々研究しながら、毎回の講演に臨んでいます。だけど、100人いたら100人全員に同じように想いを届けられるかどうか、なんて不可能です。
だから僕は僕が感じてきたこと、伝えたい事を全力で伝えます。


「昔の自分」が当時伝えて欲しかった事を、「今の自分」に教えて欲しい。


人生の選択において、完全なる正解というものは無い。
大切なことは、自分で選んだ選択肢を正解にすること。

多くの人が罰がつくのが怖い。罰をつかれる生き方を避けたいと思っているかもしれない。

もし仮に

1秒で1人の人に会う事ができたら、1日で8万6400人の人と出会う事ができ、
1年で3千153万6千人の人で出会う事ができ、
今地球上にいる70億人の人と全員に会うには、220年以上かかる。

だから、
理論上、自分が生きている間に全員に理解してもらう事なんて不可能。

僕にとってのビックリマンチョコは、
お菓子がその時に食べてすぐに無くなるもの、ダンスかもしれない。
シールが物体として存在し続けるもの、お話の内容かもしれない。
自分が何を表現して、何を伝えたいのか、
自分の中にだけしっかり持っていればいい。パフォーマンスや魅せ方も大切だけど、まずは自分の中に確固たる想いを持つ事が先。

嫌いなものを無理に大好きにならなくていい。
大好きだけを選べばいい。

自分で選んだ道なら、怖くない。
自分で選んだ道なら、大丈夫。
自分で選んだ道なら、恐怖感も心地良いはず。


いつかその過去が冒険の物語に変わるから。