「ヒマ」をアピールする
フリーランスとして活動を始めて、11年ほど。それまでサラリーマンとして飲食店で働いていた時と大きく異なるのは、一方は仕事が与えられる事が多く、一方は仕事を掴みに行くのがほとんど。
最近では仕事をふったり、お願いする機会も増えてきた。
自分がダンサーという立場から言葉を選ばずに表現すると
『ダンスがうまい奴は腐るほどいる』
その中で、決してまだまだ多くはないかもしれないが、仕事を依頼するときに、どんな人に声をかけているのかというと、仕事の対応やレスポンスが迅速かつ確実な人や、普段から自分の活動を発信している人、そして活き活きとやりたいことをしている人、等。
つまり、そこに『技術』はほとんど求めていない事が分かった。
指導やパフォーマンスに必要な最低限のスキルは持っていることが大前提だが、それ以上に、
「ワタシ、ヒマデス、シゴトクダサイ」
とシンプルに言ってくれた方が、仕事もふりやすい。仕事を待つんじゃなくて、仕事を獲得していくためには、こう言っているだけでも十分なんだ。
そして、こういう人に限って、絶対ヒマじゃない。
自分が本当にやりたいことに、いつでも時間を注げるようなワークスタイルをしているから、面白いことにもすぐに飛びつけるし、興味のあることに挑戦できる。
事実、仕事をふる方の立場からすると、常に忙しそうにしている人には声をかけづらいし、気軽に相談もできないと思ってしまう。
常に仕事が与えられていたサラリーマン時代からは想像もできないけど、基本はフリーで活動していても、組織や大きい団体に属している人も、思い当たるふしがあるのではないか。
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×Please! ○Let’s!
世の中には、クレクレ星人という種族が存在する。しかも絶滅危惧種ではなく、一定の割合でどの国にも存在する。
「オカネクレ、ジカンクレ、トモダチクレ」
いくら自分に時間があって、どれだけ有能であったとしても、欲しいものだけを主張していては、矢印は一方通行になってしまう。
結果、そこにコミュニケーションの関係はできていない。一時的な仕事になったとしても、継続してお付き合いができる関係性を築く事が難しい。
『ダンスが上手い奴は腐るほどいる』
という事は、必要な時だけ駆り出されて、必要じゃない時は見向きもされない。苦しい時にも手を差し伸べてももらえない。
だって腐るほどいて、そこに手を突っ込めばクレクレ星人の住処(すみか)が至る所にあるので、発注する側は一番都合の良い条件で提示すればいいだけ。
代わりはいくらでもいる。マジで。
これは海外でもより強く感じたことで、日本から来て、英語もしゃべれず、ダンスの技術も並程度、まして何かに飛び抜けて影響力があるわけではない。そんなチンチクリンな僕が、意識してきたことは、
Let’s 〜!
『 Please 』を『 Let’s 』に変えること。
更に分かりやすく言い換えるのであれば、
『 I 』 を『 We 』に変えること。
これなら、小学5年生、最初に英語を習った日からできる。
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自立から自律へ
自立とは・・・他の助けや支配なしに自分一人の力だけで物事を行うこと。他への従属から離れて独り立ちすること。
類語は「独立」
自律とは・・・ 他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること。
類語は「自主性」
フリーランス、自営業者は、一人で業務の多くを行っている人は少なくないと思います。かくいう僕も自分の仕事に関する部分の大半を自分で行っています。
だからと言って、全てを自分一人でこなす必要はない。
赤ちゃんが周りのサポートを受けながら、自分だけで立つ事ができた時から、自立は始まっている。だけど、その時点でまだ自律ができているわけではない。自分で自分をまだコントロールできている2歳児はほとんどいないだろう。
補助なしで自分の好きな場所に移動できるようになって、その後も自分の力で立つ事は大切だけど、周りに助けを求めることを自分で決めるのも大切なこと。
自律とは自らの能力を最大限に発揮し、自ら考え、行動できる道を切り開いていける人材を指します。
特に、我々アーティストは、
かつての偉人たちも、多くの人からパトロンになってもらってその作品を世に残し続けてきた。なので、そう言うサポートを受けなければ、今も語り継がれる素晴らしい作品は創られる事がなかった。
僕も海外に行って、最初は物理的にも周りに助けを求めなければ生活していけないような状況でもあったし、プロのダンサーになる過程の中でもたくさんの人に助けてもらった事で、今も続ける事ができているという事実もある。
レオナルドダヴィンチも、ミケランジェロも、あのナポレオンだって、当時の権力者や力のある人からの援助を受けて、偉業を成し遂げた。
フリーランスで生きる、という事を全部自分の力でやることだ、と勘違いしてはいけない。
もっと世界は優しいはずだから。