コンテンツへスキップ

【ハードルを自分で作り、ハードルを自分で乗り越える】

両手は塞がない方がいい

よく、
「片手は常に空けておけ」
という文言が常套句のように使われます。

常に忙しくて両手を塞いでいたら、余裕がなくてチャンスがあっても掴めない、というのが大枠の意味です。
そう考えたら、僕自身も大学の時はダンスに夢中で、それ以外はバイトをほぼ入れていたので、今振り返っても余裕はなかった。
大学卒業後も3年間飲食店の正社員で、おそらく今よりも全体的に悪い職場環境だったのもあり、さらに余裕は無し。今は働き方改革やコンプラの問題もありかなり改善はしているらしい。

脱サラの後、渡米後も2年間はダンスの専門学校に通っていたり、オーディションを受けたり、生きていくために3つ以上の仕事を掛け持ちしながら過ごしていたので、ビザをとって落ち着くまでは5年くらい余裕はなし。
NYの生活を続けながら、日本でも学校で活動したいと思い始め、どうすればいいか模索し、日米生活をし続けて、クラファンなども行いながら、無償でもどんどん学校に行っていたので時間的余裕も少ない。

その期間も自分なりには精一杯やっていたつもりなので、基本的にはやりがいはあった毎日だったので後悔はないのですが。。。

その中で、最近始めた世界旅は、これは片手が空いてきたことを意味しているのかもしれない。本当に理屈抜きでやりたいと思っていたことを、何かの理由でやらなかった自分も確実にいた。
とは言っても旅中も翌日の行く所を決めたり、宿や移動手段など、明日のことを考えるので結構いっぱいいっぱいだったりするのもあるのだけど、それはそれでその大きな『本当にやりたいこと』の範疇(はんちゅう)の中にいて、心地良いもの。
もちろん自分で選んでそこに行った訳なので。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
自分が今いる場所と求める物の間にあるもの

理想と現実の間にあるものがギャップであり、それはもしかしたらハードル、壁、試練と呼ばれるかもしれない。
ただ、果たしてそもそもそれを乗り越える必要があるのか?

「当たり前」「普通」「常識」「健康」とは、私たちがふだん気づかない尊い奇跡の積み重ねによって成り立っているもの。
有り難いことに、基本的にはそれなりに健康で生きることができている。
だから自分の状況で言うと、人が健康であり続けるためだけに生きているのではないように、その状態を使って何かを成し遂げたいと思う。それが自分の『やりたいこと』。
それがここ最近は旅であって、1年のサイクルをその旅の期間を中心に考えている。もちろんパフォーマンスや教え、学校訪問も続けながら、今まで我慢してきたことを言い訳せずにできる環境を整えていきたい。そのギャップを埋めていく先に、『やりたいこと』が達成できる喜びが待っている。
大小は関係なく、それに出会い続けて、求め続けていく人生こそが、生きる喜びを享受できる人生なのではないか。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
未来が見えた時

世界中を旅する理由は、以前から自分でも言っている、
「好きな場所で、好きなことをして生きていく」
その為の準備期間でもあり、リハーサルでもある。

いろいろ調べたり、自分でも旅を続けていく中で、実は少しずつ明かりが見えてきた感じがあり、
で、これは可能だとほぼ確信も出てきた。
日米での生活も曲がりなりにも10年以上やっているのもあり、それが今度はその範囲が広がっていくだけ。

ただ、
その未来が見えた時に、そこを目指したいかどうかは、
また別の問題で、それはそれで頭の片隅に起きながら準備もしつつ、とにかく最優先は目の前の事を楽しむこと。
チャレンジし続けている人生こそ最高の喜び。

「科学的に正しい」と言われても、科学は万能ではなく、
「頭では分かっていても」と言っても、脳内で描いていたシナリオを超える予想外な出来事が必ず起きる。

自由に動き、必要なことにすぐに対応できるようにして、
誰かによって作られた課題ではなく、自分で壁やハードルを作り、
自己が作り出した試練を一つ一つ乗り越えていく。

人生は不公平かもしれないけど、不幸ではない。
ハードルを自分で作り、ハードルを自分で乗り越えることができるのは、自らの意志と努力にかかっているのだから。